先日、とても印象に残る夢を見ました。

大きな豪邸の中庭。
池があり、橋が架かり、鯉が泳いでいます。

どうやらそこは私の自宅らしく、
私は和服を着て庭を眺めていました。

隣には成長した息子。
高校生ほどの年齢になっています。

その光景を見ながら、私はふと
「ずいぶん金持ちになったなぁ」とつぶやきました。

すると息子は、素っ気なく
「あー」とだけ返します。

そこで夢は終わりました。

目が覚めた時に残っていたのは、
喜びでも誇らしさでもなく、
ただ「不思議だな」という静かな感覚でした。

成功しているはずの場面なのに、
感情が大きく動いていない。

まるで未来の自分を、
少し離れた場所から見ていたような夢でした。

思えばそこには、豪華さよりも落ち着きがあり、
誇示よりも静かな達成感がありました。

そして何より印象的だったのは、
息子にとってその成功が
特別なものではなく「当たり前」になっていたことです。

築いたものが個人の成果ではなく、
家の基盤として受け継がれている感覚。

それは「お金持ちになった夢」というより、
人生の積み重ねが形になった風景のように感じられました。

まだ訪れていないはずの未来なのに、
どこか現実味を帯びていた理由も、
そこにあったのかもしれません。

いつか本当にこんな庭に立つ日が来るのかどうかは分かりません。

ただ、あの夢の中の静けさは、
自分が目指している豊かさの輪郭を
少しだけ教えてくれた気がしています。