子どもの頃の『クレヨンしんちゃん』は、
正直、ふざけたギャグの集合体でしかなかった。
笑って、流して、次の日には忘れていた。
でも大人になって映画を観ると、
なぜか途中から笑えなくなる。
胸の奥が、じわっと重くなる。
ひろしの背中が、やけに現実的で、
みさえの言葉が、痛いほど分かってしまう。
「ちゃんとしてないのに、ちゃんとしてる大人」
その姿が、今の自分と重なるからだ。
しんちゃんは、何も知らない子どもじゃない。
全部分かっていて、
それでも家族を笑わせようとする。
その優しさが、静かに刺さる。
子どもの頃は、守られている側だった。
だから気づかなかった。
今はもう、守る側の景色を知ってしまった。
泣かされる理由は、映画が変わったからじゃない。
自分が変わったからだ。
それが分かるようになった時、
クレしんは「思い出」じゃなく、
人生の途中で出会い直す作品になった。
